ビジネスパーソンの皆様は、新規事業を提案したり、新製品開発を企画したり、大型投資を稟議にかけたり……大きなお金を預かる場面が少なからずあると思います。そんなとき、まず飛んでくる質問は「で、儲かるの?」ですが、その次に高確率で襲い掛かってくるのが「で、あなたの提案って競争優位性があるの?」ですよね。
私自身も、この“競争優位性”という魔物には幾度となく悩まされてきました。理論が分かっていても、現場で使える言葉に落とすのは意外と難しい…。だからこそ、このブログでは「現場実務で活かす競争優位性の研究」と題して、企業事例を通じて“引き出し”を増やしていこう! という試みを続けています。
第1回はユニクロ、第2回はキーエンスを取り上げましたが、続く第3回は“ゲームの巨人”任天堂を取り上げます。テーマはズバリ──
「どうやって“性能競争”に加わらずに、世界1億台超えのヒットを生み出せるのか?」
これが分かれば、ハイスペック合戦で消耗している自社ビジネスにも、意外な突破口が見つかるかもしれません。大変難しいテーマでありますが、おじけずに、、トライしてみたいとおもいます。。
任天堂を数字で眺めてみる ―― Switch の異例づくし
まずは「儲かるかどうか」を確かめる恒例の“数字ウォッチング”から。
●Nintendo Switch(2017 年発売) 累計販売台数 1億5,000万台超(2025/3 まで)、ソフト売上本数:13.9 億本超 ●販売トレンド ピークアウトどころか7年目でも四半期 600 万台ペース。「寿命7年」を超える長打者になっています。 ●ソフトの粘り強さ 『マリオカート8デラックス』:発売8年目で 6,000 万本突破、『あつまれ どうぶつの森』:コロナ禍スタートの 2020 年4月から 4,300 万本超 ●Playstation5 “4K・レイトレーシング・超高速 SSD”と最新スペックを強調しつつ、累計 7,700万台(25/3 時点)。Switchの販売開始が2017年3月、PLAYSTATION5が2020年11月ですので、単純比較はできないですが、SwitchはPlayStation5の2倍以上の台数が売れているというのは、ちょっと驚きです。。
そして 2025 年6月、後継機「Switch 2(仮称)」が出ると噂されるや否や、世界のファンは“予約戦争”モード。Google Trends を見ると、予約解禁前の検索量で PS5 の2倍。ベールに包まれた性能でさえ話題の中心ではなく、「早く体験したい!」の熱量が先走っています。
任天堂の競争優位性を噛み砕く3つの“決め技”
任天堂のモットーは、任天堂がトランプ・花札の会社であった時期に入社し、その後「ゲームの父」とも呼ばれ、ゲーム業界に多大なる貢献を行った故・横井軍平氏が残した「枯れた技術の水平思考」だと言われています。最先端スペックを追いかけるのではなく、成熟技術を“面白い遊び方”で再発明する。ここにこそ、性能競争をかわしつつ勝つ秘訣があります。3つの決め技に整理してみましょう。
決め技① 競争軸を“体験”にすり替える
●据置×携帯=ハイブリッド機で、場所と時間の制約を消す ●Joy-Con 分割で「箱を開けた瞬間に2人プレイ」が成立 ●『リングフィット』は“運動不足”という日常課題をゲームに接続 ⇒「どこまで描画が細かいか」より「どこで誰と遊べるか」が購買動機となるように、製品を組み立てています。
決め技② ハード+サービスの一体設計
●「Switch 本体 × Nintendo Switch Online」でファミコン/スーファミなど歴代タイトルを“現行ハードで・クラウド保存付き”で提供。ハード側の互換モード&オンライン側のクラウドセーブにより、プレイヤーの“思い出”を 1 台で完結して管理 ● Joy-Con(HD 振動・IR カメラ・モーションセンサー)など周辺機器まで自社開発。ゲーム本体yりも、ユーザーがゲームに触れる「コントローラー」へのこだわりが強い。独自 API によりソフトが簡単にギミックを活用でき、他社が同水準を実装するには高コスト・長時間 → 参入障壁 ● 映画(例:マリオ)、テーマパーク(USJ)、モバイルアプリ等、リアル/デジタルの接点を Nintendo Account で束ね、得たデータと体験を Switch へ還流 ⇒ ハード購入 → ソフト購入 → サブスク(Switch Online)継続 → グッズ・リアルイベントという“多段ロケット”で LTV(顧客生涯価値)を最大化しています。
決め技③ コミュニティで“囲い込む”
●スプラトゥーン甲子園、スマブラ世界大会など公式イベントを定期開催 ●「子どもでも安心」「家族で集まれば必ず盛り上がる」というブランド信頼 ●ユニバーサル・スタジオの「スーパー・ニンテンドー・ワールド」が“テーマパーク化したスイッチ” ⇒一度ファンになれば、次世代機も自然に“指名買い”へ
3つを掛け算することで、最新グラフィックスを売りにする PS5 と真正面から衝突せずに、むしろ「共存」しながら独自巨大市場を育てているわけです。
また、「枯れた技術≒一世代前の技術」を採用しており、コストの大部分を占める半導体等の電子部品系も一世代前、よってコストは比較的低く抑えられ、価格競争力もある製品づくり、という観点も、競争優位性の議論としては見逃せないポイントかと思います。
任天堂流をフローでイメージすると、下記のようになりますでしょうか。。
枯れた技術を採用(低コスト・低発熱 SoC) ↓ Joy-Con/ハイブリッド機構で“新しい遊び”を演出 ↓ ファーストタイトルが遊び方を提示 ↓ ユーザーコミュニティ拡大(大会・SNS・映画) ↓ ファンが次世代ハードを自発的に待望
この循環ループが、性能アップの資金をかけずとも、任天堂が強い収益を生み続けられるポイントではないか、と思っています。
任天堂に「近い発想」で勝っている3社を挙げてみました
「とはいえ、強いキャラクター IP があるからじゃないの?」という声も聞こえます。なので今回は、IP の有無に関わらず“体験シフト”で性能競争をかわしている3社をピックアップし、具体的にかみ砕いてみたいと思います。
① ヤマハ(楽器) “弾けた瞬間”を売る企業
●任天堂の発想に似た商品例 自動伴奏付きピアノ「Clavinova」:鍵盤を押すだけでベースやドラムが自動演奏。「一人オーケストラ体験」で初心者に爆ウケ。 デジタル管楽器「YDS-150」:リード楽器なのに音量をヘッドホンで調整可。深夜でも隣人を気にせずサックス気分。
●任天堂に似た「体験シフトの妙」 楽器の性能(音質・材質)を語るより、「練習が続く仕掛け」「家族に迷惑をかけない仕掛け」に投資。世界 4,800 校の音楽教室とアプリ「Smart Pianist」で“演奏→上達→買い替え”のループをつくり、ハイエンド楽器メーカーと真正面から争わない構図を確立しています。
② IKEA(家具) “家具+レジャー”のハイブリッド
●任天堂の発想に似た商品例 セルフビルド:高級な家具を追求せず、デザイン性は優れているが、自分で組み立てるセルフビルドを前提とした製品づくりで、コストパフォーマンスよくデザイン家具を実現。 有名な「BILLY 本棚」:40 年以上仕様が変わらず、買い足すほど統一感が増す“永続プラットフォーム”。 スマホ充電器内蔵ランプ「RIGGAD」:最新ガジェット要素を“家具の景観”に溶け込ませる。
●任天堂に似た「体験シフトの妙」 家具の耐荷重や木材グレードでは勝負せず、「セルフ組立なのでリーズナブル」「店内を歩くのが楽しい」「レストランのミートボールが名物」と“週末レジャー体験”をパッケージ。フラットパック物流でコストを吸収し、スペック競争の価格下落圧力を逃れています。
③ レゴ(LEGO) “想像力”がスペック
●任天堂の発想に似た商品例 変わることのないブロック規格:LEGOブロックは、創業来変わることのない「突起と菅」で構成。これを組み合わせることで無限の可能性を秘めており、男女関係なく楽しめる製品づくり。 教育向け「LEGO Education SPIKE」:STEM教材として学校導入 ⇒ 児童は授業でハマり、自宅にも欲しくなる。 大人向け「LEGO Icons」:ピース数 7,000 超えのモジュラー建築やフェラーリ。完成まで数週間、“没頭体験”を提供。
●任天堂に似た「体験シフトの妙」 60 年前とパーツ互換を維持、ブロックを「アップデートしない」ことがむしろ競争優位。映画やゲーム、レゴランドを通じ、“遊ぶ → 観る → 観光する”のライフサイクルを延ばし、ハイテク玩具や3Dプリンタ玩具との性能競争から距離を置いています。
国内外の3社を挙げてみましたが、3社とも、任天堂が「体験しやすさでゲーム人口のすそ野を広げようとした」ことに近い発想がある3社だと思います。任天堂は、プレイステーションが出てきた時、そしてスマホゲームが隆盛となったときに、時代遅れのレッテルを貼られて、厳しい冬の時代を経験したことが何度もあります。Microsoftが任天堂を買収しようとしたとの噂もあります。このような厳しい時代でも、任天堂は自社の方針・立ち位置を変えること無く、地道に愚直に「体験しやすさを軸としたゲームづくり」に取り組んだ、と言えると思います。頑固な会社です(笑)。この道のりが今結実し、その競争優位性は盤石なものになっていると思います。今回挙げた3社も、同じく愚直に取り組んだ企業かな、と思いますね。
最後に ~性能競争から脱却し、ライバルとの共存共栄を~
私たちが新商品や新規事業を企画するとき、つい「ベンチマークより〇%高性能!」「業界最速!」のようなスペック勝負に走りがちです。しかし任天堂──そしてヤマハ、IKEA、レゴ──の事例が教えてくれるのは、
「体験 × サービス設計 × コミュニティ」
この3点を掛け算すると、ハイエンド性能に頼らなくても十分な付加価値を作れるという事実です。競争優位性は決して“数値的スペック差”だけではない。むしろ、それらを束ねる“物語”や“使い心地”の方が、長い目で見れば強力な「離脱しづらい磁力」になります。
ぜひ皆さんも次回の提案書では、「性能比較表」の裏ページに「どんな体験を設計するか」「どうやってユーザーをコミュニティに呼び込むか」の一枚を忍ばせてみてください。任天堂のような“脱・性能競争”の魔法が、あなたのプロジェクトにも宿るかもしれません。
また、任天堂(Switch)とソニー(Playstation5)を冷静に見てみると、ライバル関係にはあるものの、どちらが勝ったとか、負けたとかは無い、ということに気付かされます。競争優位性というのは、「ライバルを負かす」ことではなく、自社の独自ポジションを確立し、ライバルと「共存共栄」の関係を築く、という発想を持つことは重要だと思います。過度なシェア競争に陥ることなく、顧客の体験にフォーカスし、盤石なファンコミュニティを作り、事業を継続的に成長させる。これが競争優位性の目指す姿、とも言えるかもしれませんね。そのほうが、取り組んでいる人たちも、楽しいですしね!
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